明日は私にとって忘れられない大切な日です。
昨年の5月13日、私は一人の命を失くしてしまいました。
去年の4月中過ぎくらいか、月一度くる女の子の日がこなかったのですが、もともと不順だったので大して気にしてはなかったのです。
ただ彼のほうがすごく不安になっていたようで、とりあえず妊娠検査薬で確認するように言われました。
彼があまりにも深刻だったので私まで、不安になってしまい、怖くなりました。
すでに子供の居る友達何人かに
「妊娠したときってどうだった?」
か聞きまくってました。
1.体温があがる(熱っぽくなる)
2.胸が張る(張っていたくなる)
3.異様に眠い
4.だるい
などなど症状をききました。
しかし女の子の前にもよく似た症状も現れるし必ずしも『妊娠』には結びつかないし、なにより私は①の症状がなかったのです。
熱はあくまで平熱。
別に普段から低体温でもないから、その症状がないだけが安心できたものの、なかなか検査薬で検査する勇気もなかったのです。
しかし友達にはもし中絶するにしても早めにしないといけない。
日が経つにつれ手術にかかる費用も高くなる、とも言われたし、中絶じたいができなくなる、とも聞いた。
その内、子供を産むか産まないか・・・で悩むようになりました。
恐らく私のお腹の中には赤ちゃんがあいるだろう・・・
もう確信に変わってしまいました。
最初はただ純粋に
「産みたい」
と思っていました。
大好きな人との一つの生命を失うなんて事はできない!!
と強く強く思うようになりました。
しかし私は当時前から行きたかった服飾への第一歩を踏み出していました。
学校へ行くことにあたりいろんな人を犠牲にしてきたのです。
しかしこの夢を応援してくれる人たちの顔一人ひとり思い出してしまいました。
しかも彼の将来をも奪うことになるかもしれない
綺麗ごとならべている、、、と反感を買う人もいるでしょう?
今、子供が産みたくても産めない人達たくさんいるでしょう。
しかも子供ができたのは自分達のせい。
自己中心的な行動のせい。。。
それは充分に反省はしたのです。
しかし画の才能のある彼の将来を崩すことはできない!
と考え、おろすことにしました。
そして彼と検査薬で検査した結果、
「陽性」
覚悟はしていたけれど、結果を目の当たりにしたときさすがにショックは隠しきれませんでした。
そして彼と話し合いをしました。
彼:「どうしたい?」
私:「・・・・・・・」
(しばらく沈黙が続いたあと)
彼:「お前のしたいようにしたらいいよ」
その言葉があまりにも嬉しくて、、、そう思ってくれるとは思わなかった。
でも私は
「いろいろ考えておろしたほうがいいと思う」
彼も賛同してくれて、
「またお互いに子供を幸せに育てられる時期がきたとき、もう一度子供を産もう」
と約束をし、昨年の5月13日に手術をしました。
なんどかの検査のとき、子供が出来ない、、、と悩む人たちのノートを見て、なんども辛い思いをしてしまいました。
未だにこれでよかったのだと思う反面、後悔もあります。
なんどももしそのまま育てることに決めていたら、今頃生まれていただろうな。。。
女の子かな?男の子かな?
もしたとえ一人になったとしても育てられなかったかな?
なんて思う日々。。。。。
しかし過ぎてしまったことを悔いるより、今を大切に生きなければならないのです。
犠牲になった自分の子供のことを考えると。。。
明日、お寺に行ってきます。
お悔やみに行ってきます。
毎年この日を大切にしていきます。
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