今、テレビで大阪で今、バドミントンの世界選手権をやっているとあったので、なんとなく懐かしい気持ちになったので、今回は過去を振り返ってみようと思ってます。(笑)
小学校の3年生のときにバドミントンのスポーツ少年団に入った私・・・。
昔から落ち着かない私。
親は
この子には何かスポーツをやらせよう!!
と思ったらしい・・・。
・・・私はといえば、たまたま受け取った学校で受け取った紙が
バドミントンスポーツ少年団の入団申し込み用紙
だっただけ。
なんだけど、なぜか
「入りたい」
と思った。
コレがバレーでもバスケでも何でも良かった。
たまたま受け取ったのがバドミントンだっただけでした。
背の低い私は足のサイズも小さく、スポーツシューズで私サイズがない、なんていうトラブルもありつつ、はじめたバド。
しかも超スパルタチーム。
全国大会常連チーム・・・。
月~日の間の休みといえば、月曜日と木曜日だけ。。。
昔からお習字を習っていた私は毎週土曜日のところを、わざわざ先生の家まで行って月曜日に変更してもらうほど、力を入れていた私。
でも頭の悪すぎた私は、どうしても
『勝つ』
ということにこだわってはいなかった。
あくまでも個人プレイのスポーツであったため、私が負けても迷惑かける人はいない!!から勝っても負けてもどうでも良かった。
だからよく周りから
「この子は欲さえだせば才能はあるのに・・・」
なんて言われ続けておりました。
でも私にはどうしても
『欲』
の意味がわからなかった。
何度も親に聞いたけど、そもそも私の中に無いものであったから、理解できなかった。
だから、監督は私を全く期待はしてなかったけど・・・。
根がまじめな私はいつの間にかうまくなっていた。
練習のときに、うちのチームで期待の人たちと練習で試合をすると、なぜか
『勝つ』
ようになった。
でもお人よしで、気の弱い私は、
「(私が)負けた事にして!!」
って頼まれると、その通りにした。
監督に毎回試合で、練習試合の結果を報告しなければならなく、
期待されているメンバーは期待されていない私に負けることは
「恥」
だと、思ったのでしょう。
だから私が勝っても負けたことにしていた。
でもなぜか団体でもスタメンメンバーに選ばれるようになって、
(今、思うと監督は気付いていたのかもしれない)
試合にも何度も出させてもらって、
ダブルスの団体で県大会で準優勝した。
コレを機に、何度も賞を受賞するようになりました。
このブログにも何度も書き込みましたが、イジメられていた私は、
イジメがおかげでおさまりました。
(結局中学校のときにもっと激しいイジメにあったのだけど・・)
あるコーチに
「このまま続けられたら、きっとかなり強くなるよ。」
私はおかげで成長期を早めに迎えてしまって
小さかった身長が小6の時には150cmあって、大きいほうになった。
(ちなみに今現在は155cm・・・成長は結局あまりなかった)
だから力があって、シャトルのスピードも早かった。
だから期待される選手にまでなったのだけど、中学校入学と同時に
バドミントンは辞めました。
なぜか?と聞かれると正直、
監督が怖かった・・・
それだけだと思う。
後、もう嫌だったのだと思う。
勝ったのに、負けたっていう事実にされることに・・・。
まあ、いつの間にか
「欲」
がでてきた証拠なんでしょうが・・・。
ちなみに大きくなってから聞いた話ですが、
母親は
私が
「バドミントンのオリンピック選手」
になってくれると思っていたらしい。
大げさな話でしょうが、
私の小学校のときのソノ少年団って本当に名門チームだから、
同じように頑張っていた人たちはほとんど、
バドミントンで大学まで行った人や就職したひと。
実はナショナルチームに入っている人までいるのです。
だから決して夢物語ではなかったかも・・・。
まあ、今はこの生活に不満はないのですが・・・
過去の栄光に時にひたったりして(笑)
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